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赤色リップ

ルージュの伝言はきっと赤色。

彼らの哲学わたしの哲学

わたしが好んで読んでいるブログの主たちは

大抵が自分の哲学を持っている。

 

あー・・眠いかもしれない・・と、昼寝でもしようかと思ったが、ブログ巡りをしていたらこれは書かない術はない!なんて。いつも頭の片隅にあった言葉たちをつらつらと書こう。

 

紹介したい気持ちはやまやまだし、はてなブログではそういうことを推奨しているけれども

やはりわたしにはそれをすることは断りを入れたうえでやらないと失礼にあたると思うから、と、ここにブログを紹介するのは止めておこう。

 

どこで耳にしたのか、はたまた読んだのか記憶が定かでないが

「哲学とは学ぶものではなく自分でするものだ」という言葉(うろ覚えなので残念ながら確かではない)がわたしの中にある。

そしてわたしも、そう思っている。

だからこそ、悩んだり足掻いたりもがいたりしている人がいると途端に応援したくなる。

 

うん、もうそれって一生懸命生きてる証だよね。

 

それも自問自答だ。

誰かに分かってほしいとか伝えたいとか、そういう下心がないから美しく眩い。

ちょっと大げさに言うと、影が強い。印象としては悪い方なのかもしれない。

でもその分だけ見えない光も強い。

 

ああ、心が、手が、震えそうだ。

脳ミソからなんだか知らない神経伝達物質がビリビリと伝って、興奮している。

ゆっくりと深呼吸をしよう。

一度、落ち着こう。

 

そんなに生き急がなくても大丈夫だから。

 

ある人が書いていた”わたしは社会不適合者だ”というようなこと(ここまで断言していないかもしれない)が、わたしの心の中にも暗い影を落としていた。

いや、しっかりガッチリ、傍目から見た感じにはそう見えないよと云われるくらい、社会生活がまるで出来ないというものではない。

自分という存在が、なんだかその中に入ってしまうとちょっとズレていて、なんだか生き辛いよ。そんな感じ。自分だけがなんとなく違和感を抱いている、そんな感じ。

 

いつもどこかで、燻る炎なのか何のか分からないけれど、地味にそれが生きることを邪魔するんだ。

 

それでも生きていかなきゃいけない。

何食わぬ顔をして、とりあえず笑顔で、人当たりのよい風を演じている。

だから疲れる。人に会うことは嫌いじゃないが、尋常じゃないほど気疲れして寝込んでしまう。

そういうのが分かる人は少ないと思う。

でも、そうやってしかわたしは生きられない。

繊細すぎると思われるかもしれない。でもわたしはそうなんだよ。仕方がない。

 

「KY」という言葉が流行った時には、愕然とした。

わたしもKYになりたいと思った。

どうやったらなれるかと、本気で考えた。

でもその時点でそうなれないと悟った。情けないが項垂れるしかなかった。

 

それならば、と

その感覚を活かせばいいじゃないか!と発想の転換をした。

どうしても無理ならば、そうやって生きていくしか道はないし、苦労はするかもしれないがそれさえも面白いと捉えることができれば人生輝くよ、きっと。

 

そう考えて辿り着いた先に「愉快」という言葉があった。

わたしはそうやって生きていこうと思う。

方法はまだこれから考えるしかない。

ただ、心の中に、頭の隅っこに、「愉快」の言葉を忘れないでおこう。

そしたらこの先どんなことがあっても、わたしは強くいられるような気がするのです。

これまでも色々なことがあった。

そもそも、まぁ元気ではあったが、健康というものを知らない。

多分、同世代の人よりも少し大変だったと思う。

それはそれでいい。だからと言って、わたしが弱気になるなんて馬鹿げた話だ。

 

わたしはクソ真面目だ。

自分でも呆れて笑っちゃうくらいに。

でも、それがどうした!誠実って素晴らしいことだよ。

 

「愉快に生きましょう」これがわたしの哲学。